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年齢とキャリアマネージメント [ひとりごと]

ほんとーに、久々の更新です。

なんせ(と言い訳)、新しい職場では、ふたたび「神は細部に宿る!」という精神に立ち戻って、制作事務屋をやっています。こういう時間の使い方、エネルギーの配分と持続の仕方をするのも、10年ぶり、いや、第一生命ホールの立ち上げの時には、「働く女王蜂」の期間もあったから、8年ぶりくらいかな、なので、まだまだ生活パターンが掴めずにいます。

うーん、50歳を前に、こういう仕事の仕方をするのには、限界があるのかな…体力が続かないのが、なにより困る。30代だったら、ぜんぜん問題なくこなしていた仕事量が捗らない、集中力が途切れる…気がつくと、デスクトップにウィンドウが10いくつ開いたまま、中途半端になってる、という感じです。いやはや。家に帰ると、もう疲れ果てていて、ちゃぶ台の前に座り込み、食事をする元気もなく、うとうとと眠り込んでる…これじゃあ、単なるおばーちゃんだよお。

考えてみれば、50代を迎えようという身体が、30代と同じように働ける道理はないわけで(しかもエネルギー供給の要である消化器官をいじるのを含めた大手術を2回やっているボディなわけで)、ワークスタイルを根本的に変えないといけないところに来ているのだなあ、と思い始めています。

これもまた、キャリア・マネージメントの大事な要素です。

現場の細部が仕事に直結している(直結していないといけないです、そうじゃないと仕事の生気と精気がなくなります)アーツ系の仕事では、自分の体力の衰え(年は誰もが平等にとっていくものですものね)を、経験と知識で補っていく、またその経験と知識を活かしていく仕事の仕方をしていくのが肝要。

おお、理屈はわかっているけど、実践は大変だ。

というわけで、ロイヤルゼリー入りのショコラBB、コンビニで300円也を毎日飲んでがんばっています。

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名は体を現す [ひとりごと]

 久々に母校のそばまで行ってきました。なんとなく雨模様の武蔵野の姿に、変わったところ、変わらないところに一々目を留めながら、バスに揺られて、中近東文化センターに着きました。

 今日は、9月に行われたミュンヘン・コンクールで3位入賞した弦楽四重奏団が、ここで行われている美術館コンサートで演奏します。

 実は、今日は「コンクール入賞者コンサート」がだぶっていて、文化会館小ホールでは、以前一緒にお仕事をして、このまま素直に伸びていってほしいなあ、と思っていたフルーティストも演奏していました。こちらも誘われたけれど、誘われた順番が先だった方にいくことにしました(後先ってのは、難しい判断をしなければならないときの、重要なポイントですって、アンジェラも書いているし)。

 若い弦楽四重奏団が世に出てくるときに、みんな悩んだり困ったりするのが、団体の名前。かのラサールQの命名の理由は、仕事のオファーを受けたメンバーのひとりが、街角の公衆電話で主催者と連絡をしていて、「いますぐ名前を決めてくれ!」といわれ、困って咄嗟に目の前にあった銀行の名前を言ったのが、そのまま定着してしまった…これって、一種の「都市伝説」かもしれませんが、冗談で「ペンギン」とつけて、そのあまりに意表を突いた名前ゆえ、改名しても、チラシに「元・ペンギン」と書かれてしまう団体もありますから、咄嗟でも、熟考のあげくでも、名前は大事です。

 ところで、今日のグループは「ウェールズ」という名前でした。あら、イギリスのWalesから取ったんだと思いました。イギリスの皇太子のことを、プリンス・オブ・ウェールズ、と言いますよね。へえ、誰か留学でもしてたのかな、それともウェールズの独特の文化や文学を愛しているメンバーでもいるのかな…そういえば、この地域名は、まだ誰も使ってなかたから、結構いい選択をしたなあ…。

 後半が始まるところで、主催者の方がインタビューする時間があり、名前の由来が披露されました。

 「ラテン語で、真実、本物という意味です」

 へ?…今日の会場の隣にある大学で過ごした4年間、あまりできのいい学生ではありませんでしたが、専攻の関係でラテン語をやっていたおばさんは、一瞬頭がくらくら。だったら、綴りはverusになる(といっても、これは形容詞なので、いろんな格変化をします)はず。一応古典学徒の読み方をすれば、「ウェルス」になります。ラテン語は各国語で発音が微妙に異なることがあるので、何が正しい読み方かと言われると、いろいろ困ってしまいますが、とりあえず、ラテン語が日常会話に引用される文化はない日本語では、ローマ時代の発音に近い(別にタイムマシンに乗って調べにいったわけではありませんが)読み方というのがあります。教科書などでローマ時代の皇帝の名前を表記する場合は、これに従っています。ですから、シェイクスピアの作品では、「ジュリアス・シーザー」ですが、教科書には「ユリウス・カエサル」になっています。
 なので、あれれ…誰か、日本人でラテン語を知っている人に相談したのかな…ちょっと、恥ずかしいな…と思った次第。

 なんでこんなことを長々と書いたかといいますと…

 アンサンブルの名前をつけるとき、みんなでいろいろなアイディアを持ち寄ると思いますが、決めた後には、必ず、
 1.それは何語か
 2.現地での発音、および日本語での慣用的発音
 3.意味
を、しっかり確認しましょう。主催者には、必ず由来を尋ねられますし、プロフィールやチラシにも書くことになります。それが、その団体の出自や結成のエピソードと結びつくこともありますから、まさに「名は体を現す」のです。

 そして、聴衆の中には、今日の私のような人が必ずいると思うこと。ラテン語ではなくて、サンスクリット語の権威もいるかもしれないし、コンピューター用語のプロがいるかもしれない。
 一つの名前を名乗って世の中に出ていくということは、今まで自分たちの周囲の、先生や友人、肉親といった「自分のことをよく知っている人たち」だけの世界から出て行って、自分のことを全く知らない人たちの間で勝負していくことなのです。
 そういう他人が最初に自分のことを知ってくれるのは「名前」。
 この第一印象は、そのアンサンブルの印象を決めてしまうことだってあるのです。

 そして、世の中は、想像を絶するほど広い。あなたの知らないことを知っている人たちの方が遙かに多いわけで、自分がよく知らない領域のことを一生かけて命をかけて(ちょうどあなたにとっての音楽がそうであるように)やっている人たちがたくさんいます。そんな中に出ていくとき、自分のグループの名前がきちんとしているかをちゃんと確認しておく慎重さは必要です。うっかりミスは、世の中に出ていく前に洗い出して、つぶしておきましょう。わからないことは、ちゃんと専門家に聞いて確かめておきましょう。

 いつか、この弦楽四重奏団も、誰かが気づいて、あるいは、誰か近くの人が気づいてあげて、正しい読み方で出てくることを期待しています(このことが気になって、後半のベートーヴェン、なんだか味気なくなってしまったし…)。ただ、もうこの名前であちこち露出しているようなので、いっそ、元の綴りの方を音に合わせて、Walesにしてしまう、という方法もありますね。
 名前は大事。その名前が流布してしまってからでは、遅いこともありますから。


今日は桐朋でお話 [ひとりごと]

 明日、と書こうと思って、時計を見たら、もう日が変わっていました。
 10月も、もう終わりだぁ。
 というわけで、本日17:40から桐朋学園大学音楽学部の就職ガイダンスで、お話をします。

 タイトルは、「あなたの音楽が、誰かのためにできること」。

 レジュメはもうずいぶん前に作っておいたので(きっと忙しくなるだろうと、時間のあるときに纏めて考えておく。一種の貯金ですね)、ホールから戻ってきて、一息入れた後、だいたい頭の中で、話す内容をざーっと流してみました。そんなことをしていたら、時計が12時を回っていて、おっと、そろそろ寝なければ。

 明日話すかどうかわかりませんが、そんなお話シミュレーションをしながら、思ったこと。

 音楽家の仕事というのは、「イエスの来訪を待つ、ひとりの娘」の話のようだなあ。

 細部は忘れてしまったのですけれど、たぶん、幼稚園のときか、小学校低学年のときに「聖書の時間」(ミッションだったからねえ)に聞いた説話です。
 ある日、ある場所で(えらく大雑把な設定)、ひとりで暮らす娘がお祈りをしていたら(キリスト教徒の日常ですねえ)、イエスさまが顕れて(この展開がすごい!)、「今日お前のところに訪ねていくから」と仰った(うわ、大変!)。
 信心深いこの娘は、もう大喜びで、いったい何時においでですかとアポの確認もせずに(蛇足)、家の掃除をしたり、イエスさまはどんなものを召し上がるのかしらとあれこれ考えたりで大忙しになりました。
 で、そこへ次々と不思議な客が来るのですよ。どんな客かは忘れたけれど、娘はいちいち「ああ、いまイエスさまを迎える準備をしているのに、忙しいのに」と思いつつ、根が善良ですから、心を込めてお世話をしたり、相手をしたりしていく。
 日も傾き、やがて夜のとばりも降りてこようというときになっても、イエスさまはおいででない。疲れて眠ってしまった娘の夢に、イエスが顕れて言うに、「今日お前が親切にしてくれたひとりひとり(そう、御乞食さんもいた)がわたしだったのだよ。おまえの信仰の深さがとてもよくわかった」…。娘は夢から覚めて、とてもとても神様に感謝しました、とさ。

 音楽家という人たちは、音楽の本質とか、芸術性とか、真の美しさとか、目に見えない価値を求めて、つまり目に見えない音楽の神さまのために一生懸命音楽をし、そのために自分を磨いていたり、勉強したりしています。でも、実際に聞いている人たちは、いわばフツーの人間たち。ききながら、全然別のことを考えていたり、突拍子もない感想を抱いたり、うまいの下手のと値踏みをしたり。音楽家が「もー、こんな人たちのために弾いてるんじゃないんだから!」って頭にきても仕方がない聴き手たちが存在するのは確かです。

 でもね、そんなフツーの聴き手たちに向かって、音楽家さんたちは演奏するのです。いつか音楽の神さまが訪ねてくると信じて。そして、きっと音楽の神さまは、このイエスさまと同じことを言いそうだなあ…。

 ま、それだけのことなんですけどね。

 おっと、ほんとにねよ。

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ひとりごと…というカテゴリ、つくりました [ひとりごと]

なかなか、まとまったデータを上げる時間がとれなくて(うー、やっぱり新しい職場に慣れるのはたいへーん)、アンジェラに「タイム・マネージメント、なってないわよ」と言われそうです。
夏もやっと終わって、無用な体力消耗がなくなってきた秋、がんばってアンジェラ推奨の「朝の時間は、私の時間」朝5時半の女を試してみよう…(三日坊主にならないように)。

あまりに更新が少ないのも何なので、「ひとりごと」というカテゴリーを作りました。
仕事の現場であれこれ思ったことなども含めて、「キャリア」というキーワードに関わるトピックスにするつもりですが、限りなく日記帳になるかも。

一昨日まで、久々に長丁場の現場をやりました。
すべてが、演奏家という他者の都合と考えで動くスケジュール。それをある程度予測しながら、ぎりぎりのところで動かずに待機している時間。規則正しい生活というのは、ある程度自分で律することができる仕事をしていることが前提だなあ、とつくづく思った毎日でした。

コンサートの仕事に携わっている人間の生活は、「不規則正しい生活」。
そのココロは…いずれゆっくり。

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